6月のチベット

2008年07月21日

何度も紹介している北京在住のチベット人作家、オーセルさんのブログより。

今回はオーセルさんの手によるものではなく、オーセルさんが転載したものをば。元ソースは、タイの「Agam's Gecko」という英文ブログ。このブログが、どのようなものであるのかわからないのですが、東南アジアを中心とした仏教関連情報を主に掲載しているブログのようです。ミャンマーでの暴動の情報も詳しく掲載されていたりします。

僧侶殺害者が宗教儀式を禁ず:抗議継続中

先週の火曜日2つの事件が発生したとの消息筋情報を得た。聖火リレーがラサで行われた当日(6月21日)、甘孜市場で抗議を行った若者(強巴曲培)、彼は頭に「チベット独立」と書いた鉢巻を締め、顔に禁じられているチベット国旗を描き、市場で自由を主張するビラを配ったところ、公安に逮捕され、縄で縛り上げられた。

甘孜白利寺からやって来た3人の僧侶(うち2人はベテラン僧侶)が、甘孜県城政府弁公ビル前で平和抗議を行い、即逮捕された。逮捕された3人は、洛桑格勒(Lobsang Gelek)(主誦経師)、唐尼(Thang-nye)(前主誦経師)、そして洛桑巴登(Logsang Palden)だと思われる。別の見方をすると、彼らの寺院で行われていた、政治的再教育プログラムは失敗だったということになる。

翌6月19日、四川省当局は”工作組”を白利寺に派遣し、”愛育主義教育”を実施した。しかしながら、僧侶の反対で、いわゆる”愛国主義教育”を行うことが出来なかった。

工作組は、6月23日から白利寺付近の村落で、政治的再教育を行い、もし抗議を行うようなことがあれば命がないぞ、と庶民を威嚇した。

6月18日、平和的な抗議を甘孜の一般人、Palden Nyima(27歳)が行い逮捕され、そして滅多打ちにされた。25歳のJampa Choephelは、6月21日に、頭にスカーフでダライ・ラマの写真をくくりつけ、片手に独立のスローガン、もう片手にチベット国旗を持って抗議を行った。彼は自由のスローガンを叫び、ひどく殴打され逮捕された。6月22日、Karma Wangchuk(29歳)、17歳の少女Pelmoらが、滅多打ちにされ逮捕された。その他に殴られ逮捕された者もいるが氏名はわからない。

その他、甘孜で平和的抗議を行った者が逃げるのを助けたとして2名逮捕された(日時不詳)。6月9日、Yanchen Kandoという少女が甘孜県で、抗議の情報を別の人と「共有した」として逮捕された。

甘孜の康瑪(Khangmar)寺の僧侶4人が、6月9日に平和的抗議を行ったところ、ひどく滅多打ちにされ気絶した。抗議の間、彼らは手にチベット国旗を持ち、宣伝ビラを配った(6月22日に別の康瑪(Khangmar)寺の僧侶4人も逮捕された)。6月18日、カム、25歳の若い女性が、甘孜で自由のスローガンを叫んだところ、殴られ逮捕された。2名の甘孜寺から来た僧侶が、6月19日に武装警察に滅多打ちにされ逮捕された。

6月18日、Passang Dolmaという若い女性が家を離れ、甘孜のDegonpo Cathedralに向かった。出発前に友人、兄弟に、万が一抗議によって死んだ場合に備えて遺言を手渡していた。

「私達の両親は、尊敬するダライ・ラマがチベットに帰ってきて、チベットが独立することを長年願い、夢見て死んでいきました。そしてわたしも、完全なる熱意と確固たる意志をもって、両親の通った道を歩みます。私は死んでも、悲しくはありません」彼女は、抗議を行う勇気と決心が揺るがないことを示したのだ。

そして、PassangはDegonpo Cathedralで平和的抗議を行い、チベット独立を叫んだ。中国公安員は、彼女の顔に何かを吹きかけて、意識不明なった彼女は、現場から連れ去られた。チベット亡命政府緊急状況調査グループ(Tibetan Solidarity Committee)の”信頼できる消息筋”によると、このような化学物質はクロロホルムらしいのだが、それが何であるか知っている人は誰もいないんじゃないかと疑っている。この事件は、中共が新たな技の実験を行っているのではないかと思った。「誰も見ていないな、よしこの新しい技をば・・」と。

私は、中国のほかの地方でこのような前例があったことを知らないが、如何なることでもありえる話だ。即座ににデモ活動を阻止するためには、人を昏睡状態に陥らせる毒ガスをも使うだろう。皆に聞こえる自由のスローガンを黙らせ、逮捕され、車に乗せられるときまで叫び続けることを免れるからだ。現在、チベット人のこのような方法を、当局は非常に恨んでいるのだ。なぜなら、他のチベット人に勇気を与えるからだ。

毒ガスで昏睡状態にすること、これを民衆のデモの場面で用いれば、たとえ人民共和国と言えども、新たな最低の出来事になろう。

自由アジアラジオは、多くの事件を証明する証言を得ており、甘孜地方の消息筋からは、地方では引き続き平和的な抗議が行われており、これを公安と武装警察が暴力的に鎮圧し、催涙ガス弾を使うこともあるという情報を得ている。

「彼らは昨日、14人を拘留した」と、ある甘孜の僧侶が話した。「この14人のうち何人かは出家したものだが、その大部分は普通のチベット人庶民だ。彼らはビラを撒き、ダライ・ラマの帰還を、チベット人民に自由を、という祖ローガンを叫んだためだ」という。

「武装警察は、彼らがビラを撒いたとき、彼らを攻撃し、捕縛し、殴った。なんと1日で、6回も別々にビラを撒こうとした事件があって、甘孜鎮の全ての商店は店を閉めていた」という。

6月22日、康瑪(Khangmar)寺の4人の僧侶が逮捕された3時間後、多くのチベット人が立ち上がり、平和的抗議を行い、公安は催涙ガスを放った。全ての人が逮捕された。

甘孜県に戻ると、甘孜の消息筋によると、公安は、治安部隊を雅地尼姑(Yaten)寺と布絨朗尼姑(Buruna)寺、そのほかの寺院内に派遣した。尼僧たちは寺院を離れ、トイレに監禁されたという。

この甘孜の僧侶が言うには、ある身体障害のあるチベット族男性が、月曜日に甘孜でビラを撒いたところ、同じように拘束されたという。皆、当局に拘束されることを恐れて、話さないのだという。

「そこは現在、非常に危険だ」、とこの僧侶は次のように話す。「全ての電話は盗聴されている。色達県では明らかに、電話の通話からいくつかの情報が漏れたために逮捕された者が何人かいる。現在、あえて事情を話す人は誰もいない」という。

22歳の僧侶、Jigme Phuntsokは、アムド(青海省)同仁県魯曲村の人で、6月22日に拷問により(青海の)格爾木市刑務所で死亡した。当局は、親族が彼の死は病気による自然死であるという証明書に署名しない限り(つまり嘘をつけと)、遺族に遺体を引き渡すことを拒否している。彼の家族は拒否し、Jigme Phuntsokの遺体は当局により火葬された。彼は、過去にラサのデプン寺の僧侶だった。ラサで逮捕された多くのアムドの僧侶も、格爾木刑務所に収監されている。現在、中国の鎮圧措置による知られている死者数は、210人です。

甘粛省甘南チベット族自治州卓尼県の法廷は、2人の扎西曲郭林寺(Tashi Choekhorling Monastery)の僧侶に対して、長期服役の刑を下した。44歳のTenzinは、3月の抗議に参加したとして懲役15年の刑となった。24歳のTenzin Gyatsoは、刀告郷で学校の紅色五星旗を降ろし、チベット国旗を掲げた件で、懲役13年の刑となった。透明で公正な裁判ではなく、独立した弁護士が彼らを弁護することもなかった。近々、更に多くの僧侶と一般人に卓尼で判決が下される。

以前報道されているように、甘孜の”愛国主義教育工作組”は次のように方法で威嚇を行っている。消息筋によると、工作小グループの構成員が、地方のチベット人庶民を、政府の話に立ち上がって反対するようなことがあれば、大虐殺が発生するぞと脅しているという。「1人が立ち上がれば1人を殺し、2人ならば2人を殺す」と。

四川省アバチベット羌族自治州アバ県の賽格寺(Sey Monastery)で、中国の武装警察が近くの人がチベット国旗を掲げたところ、突然僧院を襲撃し、しかも多くの僧侶の財産を盗んだという。6月10日、公安警備員達が、突撃行動中に、ダライ・ラマの写真を粉砕した。6月11日、12日、公安は更に襲撃し、持ち場を守っていた僧侶たちも攻撃され、若い僧侶は寺院を追われ、現在、賽格寺(Sey Monastery)に住む者はいないという。

青海省玉樹チベット族自治州玉樹県で、再び抗議活動が発生し、名もなき男性がポスターを貼り、ビラを撒き逮捕された(日時不詳)。2人の僧侶も翌日に同じことをして逮捕された。

薩[ga]達瓦節(Saga Dawa、西暦6月18日)に、玉樹自治州嚢謙県の住民らが宗教的な焼香儀式を行った。公安の治安部隊は、即座に強制的にこれらの信者らを退散させた。これは、彼らが敬虔に焼香を行い祝うさまに恐れを抱いたからだ。

その夜、嚢謙県政府の五星旗がチベット旗に取って代えられ、多くの独立を宣伝するビラが県内の壁に貼られた。翌6月19日、”絶え間ないチベット語によるスローガン”は、嚢謙県の大通りにこだました。当局は、尼僧と僧侶らが営んでいる学校を含む、私立学校を閉鎖したが、逮捕されたという情報は聞こえてこない。

聖火リレーがラサに到着した当日、甘孜色達県で6人ほどのチベット人が抗議を行った。彼らは、容赦なく滅多打ちにされ、牢獄送りにされた。彼らの消息は依然として不明だ。

アムド(青海省)海東地区化隆回族自治県でも、当局はチベット人が宗教祝賀活動を行うことを禁じた。薩[ga]達瓦節(Saga Dawa)の第19日(西暦6月22日)は、捷居寺(Gyalgyud)で羌姆(金剛法舞)を行わなければならないのだが、公安当局のより取り消し命令が下され、達桑香達寺(Taksang Shantak Monastery)の祝賀活動も中国人により停止命令が下された。

アムド(青海省)黄南蔵族自治州同仁県の隆務(Rongwo)寺の住職、晋美達瓦(Jigme Dawa)は、6月20日に僧院で逮捕された。この寺の”民主管理委員会”(”徹底取締り”政策下でのこの寺院内にある党の監視機関)に何度も公安は彼を釈放するようにとの申請をしているが、何の成果もない。晋美達瓦は、以前にも公安に因縁をつけられて、1999年に1年間拘禁されたことがあった。この時、彼は稍早(2月の新年)の大祈願法会で、政治活動を行ったと非難され訴えられたのだ。

4月中旬、公安武装警察は何度も隆務寺を攻撃した。多くの僧侶は、4月17日に逮捕された。切央尖措(Choyang Gyatso)は、彼らの中の一人でした。彼は、4月19日に釈放され僧院に戻ったとき、親族からの援助金と寺院のお布施、檀家からの供養が盗まれているのを発見した。彼は、軍警が盗んだのだと非難し訴え、寺院内を徹底的に捜査するよう願い、調査を行うよう希望した。

5月13日付けの手紙には、同仁の人民検査院に出向き説明していた当日の午後、公安武装警察が「私の僧院を捜査し、2万3,000元全てを持ち去った」とある。

「このお金は、私と同僚の僧侶・旦撈f希、元旦亜培、洛智丹巴、根登丹杰の家族からの援助と寺院のお布施、外でお経をあげて得た檀家からの供養で、これは主に僧院購入の準備資金で、尖扎の益西と卓隆務村の克珠の2人が、私が部屋にこのお金を持っていたことを証明することができる」

「僧院を捜査したのは、内地の15人の特別警察と5人の武装警察将兵で・・・・この現金は黄色の絹で包んで、赤い布袋の中に入れていた」

「4月19日早朝、私は釈放され僧院に戻ると、この袋がベッドの上に投げ捨てられているのを発見し、中にあった絹で包んだお金はなくなっていた」と切央尖措は綴っている。

「私は、県公安が私の宿舎を捜査した者が関係あるのは、お金がなくなった状況から明らかであると思っているし、彼らはどうやっても言い逃れはできず、その責任を認めるべきだ」

「このため、県人民検察院は迅速にこれを追求し、できるだけ早く私の宿舎から盗まれた現金を返すよう懇願する」

中国の公安武装警察の仏教寺院への攻撃は、このようなものに留まりません。”維穏部隊”は、見境なく破壊する傾向にあって、各寺院で発生している”破壊”事件の文書がそれを裏付けている。4月18日、軍隊が甘粛省瑪曲県の参智合寺院に侵入した。軍人は、多くの物を墓石、寺院の備蓄食糧を使って飲み食いし、たる型の大きな金の仏像を含む金目の宗教物品を盗み出した。

「仏教寺院から盗み出された神聖な宗教的物品の価格価値は、1億500万元を上回る」とあるチベット人消息筋は言う。僧侶らが訴えると、官員達は調査中だと言う。

キツネが鶏小屋で掠奪を働いた悪行を別のキツネに調査するように要求するようなもので、大変素晴らしい考えだ。当然、チベット人には選択の余地がない。ただ、このキツネだけがあらゆる事柄を調査する権限を持っているのだ。

外国人の記者たちは、記者証を発行してもらえますか?そこに行って、取材することができますか?

看不見的西藏「殺僧凶手禁止宗教儀式;抗議継続中
Agam's Gecko「MONK-KILLERS RESTRICT RELIGIOUS PRACTICE; PROTEST CONTINUES

誰も取材にいけないのですから、事実かどうかなんて確かめようがございません。

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posted by タソガレ at 11:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | チベット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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