香港の親中メディア『大公報』の11月17日付の記事をば。
2008年10月22日インドと日本は、東京で「日印安保協力共同宣言」に署名した。これはインドが、アメリカ、オーストラリアに続き、3番目に日本と安保協議に署名した国家となったことを意味し、国際社会、特にアジア世論の広範な注目を引き起こさないわけがなかった。日印の接近は、主に双方の戦略的協力の深化を共に必要としたからだが、背後にアメリカの戦略が作用していることも軽視できない。
日印パートナー関係は絶えず上昇している
1990年代に1度、日印関係は冷え込んでいたが、21世紀になってからは絶えず上昇機運となり、この集中的な動きは、両国においてパートナー関係が絶えずブームとなっていることを体現している。2000年8月に森喜朗とシンが、ニューデリーにおいて両国は「グローバル・パートナーシップ」の樹立を宣言し、2005年4月に小泉がインドを訪問し、「グローバル・パートナーシップ」の具体的な措置を実行推進した。小泉の後の安倍内閣は2006年12月にシンと共に東京で「日印戦略的グローバル・パートナーシップに向けた共同声明」を発表し、日印関係が戦略的な新たな段階に入ったことを示し、2008年10月に双方が「日印戦略的グローバル・パートナーシップの前進に関する共同声明」で、更にこの関係を新たなハイレベルな段階へと推し進めた。日印協力は、すでに経済、政治、文化、エネルギー、環境保護、国防などの多岐の領域に渡っており、戦略的な次の深層を開拓しているのだ。
日印は「共通の価値観と利益」を認めることが、双方の協力を深める戦略的な基礎であるとし、実際に、最も根本的な両国の戦略的共通認識の基本的需要となっている。ここ数年、日本とインドは、大国の尊厳を活発に求める動きに更に力を加え、日本は戦後体制からの脱却を要求し、インドとの大国という夢想を集約したものを体言化しているものが、現在両国が国連の常任理事国を手に入れようとしている行動なのだ。次に、日本は東アジアにおいて、インドは南アジアにおいて、共に徐々に中国の勃興という強大な圧力を受けつつあり、両国は協力しなければ単独では自身の大国の地位を示すことが出来なくなってきているということだ。2006年4月、日本の保守派を代弁している『産経新聞』は、日本の外務省は、更に精力をインドに向けるために改組し、中国がアジアにおいて日に日に拡大させている影響力を制御しなければならないと報じている。インド外相プラナーブ・ムカジーは、インドが直面している最大の挑戦は如何にして中国の勃興に対応し周辺環境の平和を維持し主要大国との関係をうまく処理するかであると以前に述べている。最後は、アメリカが長期間に渡り中東に深く首を突っ込んでいることが、日印双方の国家のエネルギーを急速に解き放ち、アメリカの戦略の中における分量と発言権を増すきっかけを提供することとなっているのだ。
アメリカは日印を制御する自信がある
実際アメリカは、日本とインドの戦略的動向を見抜いていない。インドと日本は双方が、この接近によって、「アメリカよりも平等なパートナー関係」とすることで自身の価値を昇華しようとしているにも関わらずである。それではアメリカは、日印が「虎を養い禍を遺す」ほどとなるまで黙認するようなことがあるだろうか?アメリカの対応が戦略的で聡明なところは、アメリカはこのやり方に自信を持っているところだ。日印の役割を拡大させ覇権を握ることを支持することは、アメリカが両国を制御するという戦略的オペレーションの目標と矛盾するものではないのだ。言い換えれば、日印のそれぞれが拡張し、共に手を携えても、アメリカの戦略的計画の制御から逃れることはできず、アメリカは制御できるという自信があるのだ。アメリカから見ると、インドと日本は、中レベルの利用できる国家で、アメリカの覇権に対して長期的な挑戦を構成することはできないと見ているのだ。しかし、中露といった国家は、アメリカの地位、アメリカの覇権に対して最も挑戦的な国家であり、中レベル国家の作用を拡大することは、アメリカがこれらの最も潜在力を有している国家を抑え込む助けとなり、更に双方あるいは多国構造によって中レベル国家を融合することは、アメリカの戦略の軌範内なのだ。一石二鳥で喜ばしいことなのだ。2007年8月、アメリカ国際戦略研究センター(CSIS)が発表した「米日印報告」には、国際社会においてイラクとアジア情勢は、急速に刻々と変化しており、米日印の世界三大民主主義国家は、ひとつの開放され安定した国際社会を維持するために指導的責任を分担することが十分にできると記してある。言い換えれば、アメリカの日印の作用を拡大させる歩みとアメリカが主導し両国を規制の秩序の中に収めておこうとする動きは、同じものなのだ。
次に、日本の対外政策は、非常に大きくアメリカの対外政策の影響を受けていて、この角度から講ずると、アメリカとインドの接近は必然と日印の接近に影響するということだ。1998年のインドの核実験の後、日本はアメリカの対インド制裁を支持したが、2000年3月にクリントンがインド訪問に続いて、8月に森喜朗がインドを訪問し、米印と日印間の緊張関係が次々と緩和された。最近では、最も典型的な事件は、米日がインドの核開発問題に対する態度の変化だ。2006年3月以来、日本はこれに大して態度を曖昧にし続けていたが、2008年8月に日本の外務省スポークスマン児玉和夫は、インドが民生用原子力技術大国となることを支持する、あわせて両国が民生用原子力技術において協力を展開することができることを希望すると声明した。ついに、2008年9月6日、45カ国が構成する原子力提供国グループ(NSG)が対インド原子力貿易規制の解除に同意し、これはアメリカと日本の貢献なくしてはありえなかった。予想されることは、アメリカが対インド政策を大きく変えれば、日印の民生用原子力協力の最終的な将来性も期待できるということだ。
新たな安全構造をもって影響力を維持す
最後に、日印の接近とアメリカのグローバル戦略の布陣とは無関係ではない。欧州と東アジアは、アメリカが制御しているユーラシア大陸における重要な戦略的両翼であり、そしてインドは両翼の中間に位置し、アメリカが形成しようとしている国家システムを助ける「キーとなる国家」なのだ。
現在、アメリカは東アジアにおいて、この両翼の一方に対する影響力に徐々に大きな挑戦に直面するようになってきている。アメリカは、例えば東アジアサミット、上海協力機構、ASEAN地域フォーラムの枠外となる危険に直面し、アメリカはこの勢いを止めることができなければ、インドや日本の助けを借りてアメリカの影響力を及ぼし、同時にこれらの機構を開放と包容の方向へ発展するよう導こうとする必要があるのだ。アジアにおいて如何なる突然の変化もアメリカは期待するものではなく、地域均衡と機構の制御手段とを結合させ、アジアにおける運行をアメリカの予想の範囲内で運行されることを保障しようとしているのだ。
一方、アメリカは均衡を用いてアジアを管理しているが、アメリカは他人がバランスを用いて自分達に対抗されることを望んでいない。アメリカは中露印が接近することを望んでおらず、大陸と海岸線周辺国家との如何なる結合あるいは聯合をもアメリカにとっては悪夢で、だからアメリカは日印などの海洋国家を引き込んで中国やロシアなどの大陸国家を包囲しようとしているのだ。更に、欧州の独立性の声は絶えず強くなってきているが、アメリカは少なくともNATOに自らの影響力を伸ばしている。アジアにおいては、一旦アメリカの無謀な一体化の突進は阻止したが、アメリカは退却したわけではなく、日印というキーとなる国家を二国間、あるいは多極的構造の中でしっかりと制御してさえいれば、東アジア共同体が突然出現しても、アメリカは、よく考え抜いた自らの新たな安全機構計画によって、アメリカのアジアにおける存在を引き続き維持することができるのである。
大公報「日印接近凸顯美國戰略/ 張勇」
日本でよく目にする論評と違う点は、日本外交の動きをより能動的なものと捉えている点でしょうか。そして、中国が日印の接近をいかに恐れているかもよくわかる記事です。曰く「アメリカがコントロールしているから大丈夫」。
下記が記事中に出てきた日印間で取り交わされた文書群です。
- 外務省
- 2000年8月24日「森総理大臣演説 インド商工会議所連盟における演説『21世紀における日印グローバル・パートナーシップの構築』 」
- 2005年4月24日「日印グローバル・パートナーシップ強化のための8項目の取組(仮訳)」
- 2006年12月15日「「日印戦略的グローバル・パートナーシップ」に向けた共同声明(仮訳)」
- 2008年10月22日「日印戦略的グローバル・パートナーシップの前進に関する共同声明(仮訳)」
インド側から見ると、現在の首相シンが2004年に就任して以来、アメリカ、日本、そしてロシアとの関係を深化させてきたことになります。ということもあってか、中国にとってシン首相の存在は、日本における小泉さん、とまで露骨ではないにしろ、警戒すべき存在であるということが、あちらの報道の端々から感じられます。
オバマが次期大統領に決定した際に当選を報告する電話を各国にかけたのですが、初日の11月6日に日本を含む西側主要同盟国にまずかけ、翌7日に重要な利害関係国である、パキスタン、エジプト、サウジアラビア、スペインなどにかけ、3日目に中国とロシアにかけ、インドにはその後しばらくしてからだったことで、インド側が不満を漏らした、なんて嬉しそうに報じていたりします。
中国メディアも11月8日にようやく電話がかかってきてはじめて、オバマが日本などにも電話して回っていることを報じたりと微笑ましい反応を見せていたのですがね。
また、11月2日の外交部定例会見でインドとイギリスのメディアが「中国がインドの反政府組織に武器を横流ししている」と報じたことについての質問が飛ぶなど、ここ最近、中印間がきな臭くなっていたりしておりました。
そして来年には現政権の任期切れに伴い総選挙が行われるとか。そういう流れの中での今回のテロ。
様々な思惑が複雑に絡み合った末のテロなんでしょうが、中国経由から眺めてみるとまた違った風景が見えてきそうです。
そんな混乱の最中、ロシアのメドベージェフ大統領は予定通り12月上旬にインドを訪れるとか。そして、すっかり影が薄くなっているアメリカのライス国務長官も訪印するとか。テロ、そして金融危機を巡り大国が激しく蠢いておるようです。
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- 2008年10月23日「インド、日本に接近す」
- 2008年7月23日「米印核協定」
- 2008年1月17日「中印外交バトル」
- 2007年2月5日「ロシアとインドの接近を警戒せよ@中共混乱中」
おまけ:麻生太郎@CCTV
10月に訪中した際に受けたCCTVのインタビュー。


