日本では、チョロっと報道された、台湾地位未定論についていくつか。旬の話題では全くありませんが、今の台湾を考えるということでいくつか記事を並べておきます。
日本では、ゴールデン・ウィーク明けの外務省会見でもスルーされていますが、台湾では4月末の馬による台湾地位論の流れからワーワーやっておって、大陸でもメーデー休み明けに関連記事がチョロチョロ出てきております。
そんな大陸、反日キチガイでおなじみの人民日報傘下の『環球網』の5日付の記事をば。
国民党、日本に”駐台代表”を召喚するよう要求す
”日本駐台代表”斉藤正樹が”台湾地位未定論”を吹聴し、島内で大きな波風を巻き起こしている。4日、国民党幹部会は、日本に斉藤を召喚するよう要求する決議を可決し、”日本交流協会”の玄関で、統”独”両派が対峙した。斉藤の目的は島内で論争を発生させ、両岸の一連の和解行為を妨害するためであるとする世論分析がある。
国民党幹部会決議す
台湾の”中央社”の4日の報道によると、国民党幹部会は、この日午前、”斉藤正樹の発表は、台湾の領土主権の立場を損なう不適当な言論であり、両国の友情を深刻に傷つけた。この種の内政干渉行為は、外交人員の守るべき分別を超えたものであり、行政院は即刻斉藤正樹を歓迎されざる人物とするよう提案する”とする決議を可決したという。党幹部会書記長・楊瓊瓔は、取材を受けた際、会議の中で、非常に多くの”立法委員”が不満の立場を示し、有権者も電話で抗議し、”斉藤正樹はすでに歓迎されざる人物だ、台湾を去るように希望する。日本政府は、このような言論を聞き、直ちに彼を召喚すべきだ”と。
統”独”両派が激しく競い合う
”日本交流協会”の入り口では、統一派団体と”独立”派陣営とが、激しい衝突を展開した。”中央広播電台”の報道によると、有名作家・李黎や”中央研究院”院士・項武忠らを含む、アメリカニューヨークから戻ってきた保釣活動家らの一群が、4日午前”日本交流協会”に到着し、斉藤の言論に抗議を行ったという。李黎は、「日本帝国主義が気持ちを改めないのであるのなら、代表であれ、首相であれ関係なく、全て同じだ。最も重要なのは我々の態度だと思っているので、非常に強硬に領土保護に全力を尽くせば、彼らの代表が斉藤だとか糞藤だとか関係ない」と述べた。”中国統一聯盟”、”中華保釣協会”や労働党などの団体も抗議を行った。
李登輝の”台湾友の会”などの”台湾独立”団体は、数十名が集まり斉藤に声援を送った。責任者の林志昇は「斉藤の述べたことはひとつの事実であるが、台湾人は長年、国民党教育を受け、事実を変えられてしまっている。だから斉藤代表が本当の話をしたので、一部の中国人がやってきて抗議しているのだ」と述べた。彼らは声明文を手渡したほか、花束をも献上し、斉藤の秘書が出てきて受け取った。警察側は、現場の制御を失うことなく、双方の人々を人垣で区切っていたが、両派がお互い大声で罵りあうといったことが発生した。一方が”台湾中国、平和統一”を叫べば、すぐに一方が”台湾中国、一辺一国”と叫んだ。
狙いは両岸の和解を妨害
緑系メディアは、絶えず斉藤について騒いでいる。『自由時報』が4日、”斉藤の示したことは’九二共識’の中の台湾は中国に属するとの論調を否定したものであり、中国に傾倒する政策の馬英九の根拠、中華民国が台湾を掠め取った法的事実を確固たるものとするものである。これは民進党に与えられた絶好の機会である”と述べた文章を発表した。これに対して、ベテラン”外交官”陸以正は、斉藤が述べた彼の言論は”純粋に個人的見解”であり、拠り所がない、”彼は外交官であり、その言動は国家を代表している。彼は中正大学で行われた国際関係学部の年次例会の講演’台湾の国際法的地と日台関係’の場を借りたということで、おのずと彼の動機は明らかである。はっきりといくつか述べると、彼は馬政府の対日政策のボーダーを探ったのだ・・・・彼は探りを入れたことで、我が国は正面から反撃する権利を得て、日本側に即刻召喚するよう要求し、更に駐台代表を換えるよう要求したのだ”と『聯合報』に寄稿し反論している。”交流協会の某官員は、’台湾の法律的地位に関して、日本政府は如何なる立場も支持しない’と語った。この文言の中には明らかに、台湾の主権は中華民国であると承諾するのかしないのか、あるならある、ないならないと、政府は日本側に解釈をはっきりとさせるよう要求すべきで、日本人がごまかせないようにすべきだ”と文章は、東京も見聞を混同させていると批判している。『中国時報』の4日の記事では、斉藤正樹の動きは”客人が主人にびんたするようなもので、失礼の極みだ。このようなことが他の国で発生したなら、’公式に謝罪し、大使を召還(あるいは代表)する’運命となるのは必然で、そうしなければ改善しない。与野党共に口を揃えて台湾を愛する者であると主張し、数え切れないほどで、今こそ身を挺すべき時で、日本側に斉藤正樹を召喚するよう責務を果たさなければならない”と述べている。文章は、馬英九自らが”外交の第一線”に立ち、厳粛にはっきりと”この点において何ら曖昧な点を残すべきではない”と主張している。
香港中評社の分析は、斉藤はかつて日本の駐香港領事と北京公使を務め、両岸関係に対する理解は非常に深く、”馬英九が数日前に、台湾および澎湖の主権が中華民国に移転したのは歴史的事実であると大々的にはっきりと示したことに対して、’台湾主権未定論’の独立派は反駁し、斉藤も大いに反対を唱え、馬政府がこれを呑めないのも無理はなく、日本を正義とすることなどできない。日本政府が適切に処理しないのなら、恐らく用意に改善することはないだろう”と述べている。更に文章は、一部の親日”独立”派活動家は、最近日本で活発に宣伝活動を行っており、馬当局に多大な問題をもたらしている”、”今回の斉藤が述べた’台湾地位未定論’はある程度、日本政府の態度を代表しているものであると見ることができ、これは馬政府の両岸政策に対する不満が漏れたもので、両岸の一連の和解行為を妨害するものである”とも述べている。
環球網「日官員大放厥詞 輿論吁馬別善了」
台湾を語る大陸メディアの記事で、”日本駐台代表”、”立法委員”といった具合に” ”で括っているのは、「俺達は、その存在を認めてねぇからな」という意思表示なのですが、”中央社”や”中央広播電台”、”中央研究院”といった「中央」という単語にも敏感に反応している様が、どこか滑稽。そのわりに「中華民国」を括っていないのが不思議。
日本駐台代表・齋藤氏が、騒動のきっかけとなる発言を行なったのは5月1日午前。同日午後、中華民国外交部は、同氏を外交部に呼び出し抗議を行い、氏は「個人的見解であり、日本政府の立場を代表するものではなく、混乱を招いたことを謝罪し、発言を撤回する」と述べております。「個人的見解」は見解として撤回しないぐらいのツラの皮の厚さが欲しかったところ。
- 中華民国外交部「外交部對於日本交流協會齋藤代表發表損及我政府立場的言論表示遺憾及嚴正抗議」
民国メディアの盛り上がりに比べ日本側メディアのスルーっぷりが、少々物悲しくもあります。
一方、大陸の反応はと言うと、5日の定例会見直前にようやく反応を示すという緩慢な動き。しかも、「俺達の立場を理解し尊重していないじゃなか」と「不満」を示しつつも日本側に「交渉(問い合わせ)」したという控えめな反応。上記の環球網の記事からも伺えるように、大陸にとっては反応に困る案件であることを示しております。
- 中華人民共和国外交部「外交部発言人馬朝旭日本有関人士渉台言論答記者問」
台湾および澎湖の主権についての日本の立場を簡潔に乱暴に述べると「知るか、ボケ」でございます。自らの正当性を示したいがために日華条約を持ち出し、「日華条約により日本が台湾の主権を中華民国に返還した」と馬が大ボケをかましたのがそもそもの発端で、勝手に騒いどるわけです。
前政権が推し進めた台湾化を押し戻す動きの一環なのですが、中華民国、中国国民党の台湾および澎湖支配の正当性が、実はあやふやであることを自ら喧伝したようなものです。
ただ、この発言は、その場の思いつきでポロっと述べたようなものではなく、かつての台湾総督官邸で現在は台湾の迎賓館となっている台北迎賓館で締結された日華条約57周年を記念し、その場所に調印当時の様子を再現した銅像の除幕式典に出席した際に発せられたもので、状況をしっかりと踏まえた上での確信犯的発言です。57周年という中途半端なところに馬、そして中国国民党の中華化への執念と、そして日本に対する侮日感情とを感じます。
この時の発言が総統府のサイトに記されてあります。
日本は、韓国、台湾、澎湖、東北三省、および太平洋のいくつかの島嶼を含む過去に占領した領土を単に放棄しただけで、どうして誰に与えるか述べなかったのだろうか?、であるので、台湾を代表する地位は不確定なものではないのか?と疑問を呈する人がいる主な原因は、「サンフランシスコ平和条約」の第2条の規定にいくつの領土を放棄するとあるだけで、誰に与えるか述べていないからで、これはイギリスとアメリカの当時の非常に重要な理念と政策のひとつで、この件は非常に複雑であるために、認識を共有できる部分だけを先に決め、その他は、二国間で処理するとしたもので、日本と個別に署名したのは我が国だけでなく、1956年にソ連も日本と類似の和約を調印し、領土関連の問題を処理している、と総統は述べた。日本が領土を中華民国に割譲しないのであるのなら、双方は署名しなかっただろうし、国籍を含め、1945年10月25日には台湾が回復していたという当時の状況を再確認したものであることを「中日和約」の条文の行間から、はっきりと理解できると、総統は認識している。
(中略)中日和約の締結は、行動の確認であり、戦争状態終結の確認であり、主権が中華民国に委譲された確認であると同時に、中華民国と日本の友好関係が始まったのだ、と総統は述べた。
当時の中華民国は移ってきて2年ほどで、中央政府は非常に困窮していて、「中日和約」によって外交情勢が比較的安定するようになり、更に2年後、アメリカと中華民国は「中米共同防衛条約」を締結し、更に情勢が安定するようになった。このため、「中日和約」が当時、演じた役割は非常に重要なもので、我々が台北迎賓館に来ると、その美しい建築を鑑賞する以外に、更に重要なことは、この建物から生まれた歴史で、「中日和約」の演じた役割、あの戦いの後に中日の戦争状態を終結させ、法理において台湾の主権が中華民国に委譲されたことを確認し、日本との正常な関係を回復させたということをはっきりと理解することである。1972年に日本と中共とが国交を樹立した際に、日本の外相・大平正方が「中日和約」の無効を宣言したものの、実際は、戦争終結の和約には大きく2種類あって、ひとつは処分性条約(dispositive treaty)といい、言い換えれば、確定後は改変できないもので、特に国民の国籍、財産などがそうで、もうひとつは、執行製条約(executive treaty)といい、両国の往来に終わりを告げるものであるが、これらは1952年当時の「中日和約」の演じた役割に影響するものではないのだという。
総統府「總統出席「百年回眸−臺北賓館的故事」活動序幕儀式 (中華民國98年04月28日)」
(注:直リンクでは飛べないようです、トップ>>新聞稿>>4月28日)
「状況証拠がある」ということですかね。行間を読んじゃーいけません。法匪と呼ばれる日本としては受け入れられない解釈w
実は、この数日後に「台湾地位未定論」をぶつ齋藤駐台代表も、この式典に参加していたりします。齋藤氏もまた、確信犯的発言だったのでしょう。発言を「個人的見解」とし見解自体は撤回しないツラの厚さがあれば申し分なかったのですが、残念です。
この法理において中華民国の台湾統治の正当性が確立されていない点について独立系の「台灣之聲」の論評記事の中に興味深い一節がありました。
実は、今回、馬総統が、日華平和条約に言及したのは台湾の法的な成熟を示すものである。なぜなら、これまでは「中華民国」も中国同様「カイロ宣言」に基づいて台湾の領有を主張していたからである。しかしカイロ宣言なるものの問題点が次第に明らかになり、日華平和条約という法律に基づこうとする姿勢は良い方向であろう。
しかし、立場上、その解釈は、おかしなものとならざるを得ない。台湾が中華民国の領土であるかどうかは、中華民国憲法体制が、長く解決できなかった大きな問題である。憲法上の領土編入手続きもまだ行われていないのである。
台灣之聲「【時事評論】齋藤正樹大使の台湾未定論こそ日本政府の立場」
1946年12月25日に制定された中華民国憲法での領土規定は次の通り。
第四条 中華民国の領土は、江蘇、浙江、安徽、江西、湖北、湖南、四川、西康、河北、山東、山西、河南、陝西、甘粛、青海、福建、广東、广西、云南、雲州、貴州、吉林、K龍江、熱河、察哈爾、綏遠、寧夏、新疆、蒙古、西藏等の固有の領域である。中華民国の領土は、国民大会の議決を経なければ変更できない。
維基文庫「五五憲草」
その後、1947年に修正され、現在の形になっています。
第四条 中華民国の領土は、その固有の領域による。国民大会の決議を経なければ変更することができない。
台北駐日経済文化代表処「中華民国の憲法 第一章総則」
中華民国総統府「中華民國憲法 第一章 總綱」
閑話休題、齋藤氏の発言を巡る騒動に話を戻します。
齋藤発言のあった2日後の3日に、自民党(町村派)参議院議員の岩城光英氏が、台湾を訪れ馬と会見しております。
- 総統府「總統接見日本參議員岩城光英(中華民國98年05月05日)」
- 中時電子「馬接見日參議員 重申台灣主權」
この会見でも馬は持論を展開し、「日華条約は中華民国が台湾を統治してきた現状を確認したもので、両国関係の発展の基礎となった」と述べております。これに対する岩城氏の反応は記されていません。
この会見の様子を大陸メディアも報じていますが、新華網のものは削除されており、中途半端に敏感な反応を示しております。
- 環球網「馬英九:“中日和約”確認了台湾已経回帰」
ちなみに、この会見は、4月中旬ごろにすでに決まっていたもので、馬や齋藤氏の発言を受けて急遽行われたような種類のものではないようです。
この「台湾地位未定論」論争、11日の立法院でも話題となり、中国国民党と民進党とが「外交部は弱腰だ!齋藤を追い返せ!」、「いや、齋藤は正しい!」と激しく鍔迫り合いを演じたようです。
いずれにしても日本に絡んでくる前に自分らで何とかしろよ、と思うのは台湾には厳しいでしょうか。





日本の立場は、歴代総統も認識していたはずで、馬が阿呆なだけでしょう。
実際日本は、台湾を捨てくさっただけですし、逆に地位を明確にしてしまうと、中共の侵略を助けてしまうかも知れませんな。
上記で引用した論評の続きで、今回の馬の行動は日米に対するSOSである、なんて意見もあるようですよ。
私は与しませんが、「このままだと大陸に飲み込まれるぞー」ということなのですかね、よくわかりません。
馬がバカなだけ、と一刀両断にしてもいいのですが、相手は馬だけじゃないですしね。
中国国民党が政権を担うようになり対中融和を進める中で、中共に併呑されるのではないかという不安払拭、非難回避、中華民国(台湾)としてのアイデンティティは放棄しないよ、という意思表示の際には日本を出汁にし続けております。
馬が総統となった頃から言い続けていたことですが、再び民国側の中共との窓口のトップが辞意を口にし大きく取り上げられていたり、温家宝が福建を訪れ「海西経済圏(台湾を東と見ての西)」なんてぶち上げたり、また尖閣関連では大陸と見事に足並みを揃えたりと、何やらドタバタと動いておるようで気になっておるところです。