前回紹介した中央規律委員会を巡る政争話に少し真実味を帯びさせてくれそうな、「団結と”結団”」と題された12日付の『人民日報』の記事をば。
現実の中において、団結と表面上よく似ているが、実は”結団”であるという現象が、いくつかの単位の中にそれぞれ程度の差があれ存在するのだが、その危害を軽視してはいけない。
”結団”とは、団結を装って行うことができるのだが、これは団結と表面上よく似ているところがあるからである。両者は共に、一定の目標のために連合したり結合したりする。しかし、団結と”結団”とは、本質的に全く違っており、目標を求める上で相反するものである。団結、これは同じ理想や事業を為すために一致団結し、努力し奮闘することだ。他方”結団”を簡単に言うと、小さな枠を作り、分派、党派を作ることだ。”結団”と団結の最も本質的に区別されるところは、”結団”は個人的利益の連盟を基礎とし、これは私利的な手段を図るものだ。これは”結団”が、誰を仲間にするか排斥するかを決めるものであり、自分や小さなグループに利益をもたらす者を味方にし、自分や小さなグループの利益を害する者を排斥するようになる。”結団”を行う者は、単に個人的利益だけを見る者で、全体の利益、人民の利益を後回しにし、酷い場合は、目的のために手段を選ばないことがあるのだ。
”結団”思想の源は、個人主義とセクト主義だ。”結団”の実質は、団結ではなく逆に公然と団結を損なっているのだ。現実の生活の中で、”結団”は常に団結の旗の下に行われるが、一定の欺瞞性を具有していているが、単位や部門で小グループを作ると、簡単に意見が統一できたり、仕事がスムーズに進められたりと、一種の効果的な仕事方法でもあると思われてもいる。ところが、このような発想は、”結団”と団結とを混同させ、また”結団”は事業に対して深刻な危険性をもたらすということに思いが回らず、”結団”に漬け込まれる隙を与えることとなるのだ。
団結は民主を伴うが、”結団”は独断を形成する。団結した集合体は、ひとつの声を要求したりはせず、更には異なる意見を抑え込むこともなく、集合体のメンバーが言いたいことを提言し、衆知を結集し共通認識を形成し、思想の衝突の中で共に高め合い、民主を発揚し団結し事を為すのだ。民主は光であり、”結団”は最も光が見えなくするものなのだ。グループを結成しなければならないということは、不正な手段によって仲間を囲い込み、小さなグループの中の人を制御する必要があるということで、阻止する別の小グループや真実を語る者を攻撃したり報復したりする必要性も出てくる。そこで、内に対しては独断となり、外に対して横暴となるのが、”結団”のひとつの大きな特徴だ。
団結した集合体は規律が厳しく、”結団”した集合体は隠れた規則が横行することとなる。団結した集合体は、一人一人が積極的になり、上を目指し、健康的な向上精神が激発されるが、”結団”した集合体は、人々を下劣な連鎖で低級な趣味へと堕ちていかせる。団結によって激発された為された事業は、趣味志向と気持ちとを喜んで捧げたものとなる。しかし”団結”が盛んに行われている単位、幹部グループらは、1日中どのようにコネや抜け道を使って私利を謀ろうかと思案しているので、これが永く続くと、必然的に人民群衆の感情に対して冷淡となり、事業において追求が不足し、精神において萎縮し振るわなくなる。
明らかなことは、”結団”は、党組織内部、党と人民群衆の団結を深刻に破壊し、人民群衆の利益を損ない、党と人民の事業に危害を加え、改革発展の安定的な大局に影響をもたらすということだ。”結団”は腐敗を招き、”結団”は更なる腐敗のための”肥沃な土壌”を提供し、腐敗はまた”結団”を更に促す広大な空間をとなり、両者はお互い結合し、社会への危険性を倍に膨れ上がらせるのだ。
”結団”現象を根絶しなければならず、制度建設を強化し、権力に対する監督を強化することが、この重要な保障となるのだ。同時に、指導グループのメンバー、特に”最高責任者”は思想的防衛線をしっかりと築き、党気質の教養を高める必要があり、これが良い利益をもたらすのだ。当面、次々と腐敗案件が暴露される情勢の下で、”結団”と反腐敗キャンペーンとを結びつけようとすることに反対することも、綱紀粛正を打ち立てるための重要な任務のひとつなのだ。
人民日報「団結と”結団”(人民論壇)」
中共が最大の”結団”集団じゃん、と一応突っ込んでおきます。
空席となっていた深セン市市長には12日、蘇州市委書記・王栄が副市長、市長代理に任命されております。
- 中華人民共和国中央人民政府「王栄任深[土川]市代市長」
深セン市では市長だけでなく3人の副市長も取り調べを受けており、深セン内部から市長代理を出せないほど酷い状況であること、更に調査がこれで終わりではないことを、この人事は示しているとの分析があります。
閑話休題、『人民日報』の記事に戻ります。
党内での対立が相当深刻で、深センの件はそれが表層に少し現われたに過ぎない、または零八憲章の下に”結団”しつつある民主化勢力への牽制か・・・なんて妄想を最後の一文が激しく刺激してくれます。
地方においては、政争というほど高尚なものではなく役人の質が激しく低下しているようで、ヤクザの縄張り争いと言った方が実際に近いのかも知れません。中央による地方役人教育が盛んに行われているようで、そういった中での中央への反発といったものもありそうです。





