8月1日付、香港の親中紙『香港文匯報』をば。
何亮亮 フェニックステレビ評論員
月刊誌『鏡報』の最新号は、中央が、七大軍区の廃止し戦略面を押し出した大戦略区を設立し、各戦略区を軍側と各省指導によってなる小軍事委員が指導するという大規模な軍事大改革を推し進める準備をまさに行っている最中であると暴露した。大戦略区とは、北部戦略区、東部戦略区、南部戦略区、西部戦略区、中部戦略区を言う。北部戦略区は、東北三省に内蒙古(即ち元の瀋陽軍区の管轄に内蒙古を加えたもの)で、東部戦略区と現在の南京軍区の管轄は同じで、軍区内の東海艦隊、空軍、第二砲兵隊、武装警察を加えたもので、南部戦略区は広州軍区と成都軍区の雲南省、貴州省の2つの省と所轄の南海艦隊、空軍、第二砲兵隊、武装警察を含むもので、西部戦略区は成都軍区、蘭州軍区(雲南、貴州の両省を除く)を併せたもので、中部戦略区は現在北京軍区に属している内蒙古を除く北京軍区と済南軍区、そして北海艦隊と広州軍区に属している湖北を加える。未来の大戦略区構想は、戦略区連合司令部、戦略区内各省委員書記からなる「小軍事委員会」、小軍事委員書記は中央から派遣され、戦略区内の軍事、国防動員を統一的に指導し、更に周辺国家からの国境侵犯事件をも小軍事委員会が応急措置権を有する。この報道は、未だに政府側が実証していないが、可能性がある
これは、1949年以来の中国の軍事配備の最大の改変であることは疑いようがなく、方向も肯定するに値する。中国の周辺にはいたるところに危機が潜んでおり、東北方面では中国が出兵し平和維持を行う必要があるまでに朝鮮半島情勢が随時悪化し、東部海域では、日本が釣魚島を占領し、台湾海峡情勢は安定しているが、再び火薬庫となるかも知れない。南方は風雲急を告げ、ベトナムに占領されている南沙島嶼への出兵は既定路線だ。西部はインドが軍拡競争をし、中国と再戦し、国境問題を解決しようとする可能性も存在する。中部は外敵の問題は存在せず、ゆえに武漢軍区を廃止することは、当然だ。新たな戦略区は、昔のソ連方式とは違い、アメリカの世界的な配備とも違い、中国の特色を備え、四大軍種(海、陸、空、第二砲兵)の垣根を越え、それぞれが戦える構造となっている。海に接していない西部を除く、北部、東部、南部の三大戦略区は、それぞれ北海、東海、南海の三大艦隊を有し、区内に海軍艦隊、空軍部隊、そして武装警察、第二砲兵隊の全てを有している。このようにそれぞれの大戦略区の軍事的資源を一体化することは、現代の立体的な戦争を展開する上で便利なのだ。
小軍事委員会を設置するということも道理に適っている。将来、中国の四大戦略区が、どのように外敵に対処し、更には先制による制圧を行うのか、非常に注目に値する。
香港文匯報「中國[yun]釀軍事大改革」
各戦略区の権限が拡大されるということは中央の権限が削られる、ということですよね。・・・分裂フラグ?
香港の月刊誌『鏡報』の8月号がいつ発売されたのかわかりませんが、7月29日には香港メディアなどで紹介されておりました。そして1日に上述したように親中紙も取り上げたことから紹介した次第でございます。
7月24日に胡錦濤が、軍のあり方として「軍民融合」を唱え、また8月1日が建軍節であったこともあって、これまでの軍改革の歴史を含め関連記事が溢れかえっていたりします。
そんな中から昨今の人事がまとめられている『中国評論新聞』の記事をば。
中評社北京7月29日発 / メディアが公開した報道の情報によると、今年の第2四半期から”八一”建軍節前夜まで、解放軍の高級将校の人事調整に”形式にとらわれず”、総部機関、各大軍区、各軍兵種、武装警察部隊、そして軍事学院校、科研院所の内部からの抜擢を重視し、様々なしがらみを打破し、総部機関と各大軍区、各軍兵種、武装警察部隊、そして軍事院校、科研院所の間を縫うように任命し、循環させ、機関と基礎部隊、軍事理論と実践とを結合する新たな機運が顕著に表れているという。
記者の不完全な統計によると、軍側の高級将校は、今回の調整において、総部機関、および各軍兵種司令部から第一線部隊、軍事院校、科研院所に9人、第一線部隊、軍事院校、科研院所から総部機関、および各軍兵種司令部に7人、軍事院校、科研院所から解放軍総部、各軍兵種司令部、第一線部隊に任官した者が7人、解放軍総部、各軍兵種司令部、そして第一線部隊から軍事院校、科研院所に任官した者が10人であると、重慶晩報が報じた。
”八一”建軍節前夜、高層が発した”社会のハイレベルな人材を軍隊に引き込む工作”に関する信号は、更に意味深長だ。中共中央政治局は7月24日午前、中国の特色ある軍民融合方式による発展の道筋の研究を第十五回集団学習で行った。胡錦濤総書記は、学習を主宰した際、「軍民の結合、軍における民の軍隊の人材育成システムの改善を更に一歩進め、国民教育による軍隊の人材システムの構造を改善し、国民教育の資源と国家の人材資源とのルートの利用を開拓し、社会のハイレベルな人材を軍隊に引き入れ、様々な人材が国防や軍隊の近代化建設において積極的に、主導的に、創造的に十分発揮できるようにしなければならない」と指摘した。
解放軍四総部
■総参謀部
元副総長・劉鎮武上将や元総長補佐・楊志g中将が退役し、副総長・馬暁天が上将に昇格した以外に、侯樹森中将の瀋陽軍区参謀長から直接、副総参謀長への昇格は、ここ40年あまり見られなかったことだ。陳勇少将の南京陸軍指揮学院院長から総長補佐は、学者型の高級指揮官が誕生したことになり、軍側の人事調整が”型にとらわれていない”という特徴を示すものだ。その他、総参謀部一部聯合作戦指揮センターの元主任・王克斌上級大佐が、総参謀部一部副部長兼国家人防弁副主任に昇格した。
電子戦を請け負っている総参謀四部の某研究所元所長・カク葉力上級大佐は、総参謀四部副部長に昇格し、解放軍電子工程学院元委員・盧春祥少将が総参謀四部政治部主任に昇進し、共に科研院所、軍事院校から総部機関の幹部となった。
総参謀部と各大軍区、省軍区の幹部の交流も多い。済南軍区某集団軍元軍長・白建軍少将は、総参謀一部部長に任命され、年初に戚建国少将が総長補佐となり欠員となっていた穴を埋めた。軍事学院の博士課程の学位を持つ総一部元副部長・徐経年少将が、白建軍の抜けた穴を埋めた。
総参謀動員部元副部長・牟明濱少将は、瀋陽軍区某集団軍副軍長に転任し、終わったばかりの”和平使命-2009”の中露軍事演習の中国側の指揮所の指揮官を担当した。解放軍理工大学副政治委員を務めたことのある総二部元政治部主任・姚立雲少将は、軍事院校からそう部機関に移った1年後、青海省軍区副政委員に転出した。
■総政治部
主任補佐・許耀元が中将に昇格したほか、この部の弁公所元事務長・柴紹良少将が組織部部長となり、その事務長の職を引き継いだのが、成都軍区某集団軍政治部元主任・張貢献少将だ。弁公所秘書局元局長・鳳山上級大佐は副事務長となった。老幹部局元副局長・王成志上級大佐は、幹部部副部長となった。
■総後勤部
副部長・丁継業、秦銀河の両名を少将から中将に昇格し、17期中央候補委員・秦銀河は、解放軍総医院院長を兼任しない。元副部長・王謙中将は退役する。
■総装備部
元副主任・張建[qi]中将が退役したほか、元参謀長・牛紅光少将が副主任に昇進し、上官輝が総装国際合作部副部長となった。総装に属している白城、西昌の良吉の主官が”入れ替え”られ、酒泉衛星発射センター元政治部主任・王兆宇少将は、白城兵器試験センター政治委員となり、白城兵器試験センター元政治委員・孫保衛少将は、西昌衛星発射センター政治委員となった。
■各大軍区および武装警察部隊
上述した人事異動で各大軍区関連の者以外では、済南軍区と武装警察部隊が幹部を交差し任命していることが注目されている。武装警察部隊元政治委員・呂建成少将が済南軍区副政治委員となり、済南軍区某集団軍元政治委員・魏亮少将が武装警察部隊政治部主任となった。その他、17期中央候補委員、武装警察部隊元参謀長・王建平中将が武装警察部隊副司令員となり、その空きを元副参謀長・牛志忠少将が埋めている。
広州軍区装備部元部長・王暁軍少将は軍区聯勤部部長となり、軍区元副参謀長・閻力平少将は軍区装備部部長となった。広州軍区某集団軍元副軍長・長孔見少将は軍区副参謀長となり、その副軍長をその軍の元副政治委員・黄躍進上級大佐が引き継いだ。この軍の元政治部主任・周為民少将は軍区政治部副主任となり、この空きをすでに珠海警備区域元政治委員・馬必強上級大佐が埋めている。その他、海南省軍区元副司令員・劉峻嶂少将、海南省軍区後勤部元部長・陳剣鋒上級大佐の両名は、広州軍区聯勤部副部長に就いている。
成都軍区某集団軍元副軍長・熊作明少将は軍区連勤部副部長となり、その副軍長の職をこの軍の元参謀長・黄芸少将が引き継いでいる。雲南省軍区元副政治委員・李慶岱少将は成都聯勤部副政治委員となり、成都軍区某集団軍装備部元部長・陳貴忠上級大佐は軍区装備部副部長となり、貴州省軍区元政治部主任。劉国家少将は成都軍区某集団軍政治部主任となった。
■省級軍区
各省級軍区の人事異動で、南京軍区所轄の各省級軍区主官の調整が最も多く、統計によると合わせて5人が異動している。
そのうち、開国上将の許世友の子、許援朝少将が江蘇省軍区司令員に転任し、その安徽省軍区司令員の職を福建省軍区元司令員・孟昭斌少将が任命された。南京軍区某集団軍元副軍長・汪慶広少将は福建省軍区司令員となり、南京軍区某集団軍元政治部主任・朱生嶺少将が福建省軍区政治委員となり、李光金少将が上海警備ク政治委員となった後の空席となっていたポストを埋めた。その他、瀋陽軍区某集団軍元副政治委員・張林少将が遼寧省軍区政治委員となり、南京、広州、成都、蘭州、そして瀋陽などの五大軍区所轄の省級軍区で、更に数名の副官のポストが調整された。
各軍兵種
■海軍
各軍兵種の中で、海軍の人事異動が最も頻繁に行われている。海軍政治部元主任・徐建中中将が海軍副政治委員となり、海軍司令部電子レーダー対抗部元部長・孟濤少将が北海艦隊副参謀長となったほかに、兵種、大軍区をまたいで軍校から部隊に就任した者もいる。東海艦隊元司令員・杜希平少将が北海艦隊副指令員となり、瀋陽軍区某集団軍副軍長・高波上級大佐が南海艦隊副参謀長となり、馬合木提・庫爾班上級大佐が南疆軍分区から南航副指令員に転任した。これと同時に、東海艦隊副指令員、南海艦隊政治部主任などいくつかのポストで人事異動が行われている。
軍事院校から海軍に転任した者もいる。軍事科学院元副院長・王兆海少将は海軍政治部主任となり、海軍工程大学元副好調・徐衛兵少将は海軍上海基地司令員となり、海軍潜水艇学院元政治委員・夏克偉少将は北海歓待政治部副主任となった。海軍から軍事院校に転任した者もいる。海軍後勤部元政治委員・徐莉莉少将は軍事科学院副院長となり、南海艦隊某保障基地元政治委員・鄭享斌少将は海軍工程大学政治主任となり、海軍政治部幹部部元部長・董鳳純上級大佐は海軍潜水艇学院政治委員となった。
■空軍
空軍部隊の人事異動は、大軍区をまたいだ交流がはっきりと現われている。例えば南空元司令員・葉正田少将は広空副司令員となり、南空航空兵某師元師長・劉広彬上級大佐は蘭空副参謀長となり、広空航空兵某師元師長・王鉄翼少将は瀋陽軍区空文副参謀長となっている。
■第二砲兵隊
所轄の基地内部からの抜擢と院校主官の間で”交代”が行われたのが見るべき点だ。例えば高津少将は、某基地副司令員から司令員に昇進し、牛炳祥少将は某基地政治部主任から政治委員に昇進し、車発順少将は某基地副政治委員から政治委員に昇進し、羅明勝少将は副司令員のままだが、基地の中で入れ替わっている。第二砲兵隊指揮楽員元政治部主任・辛光軍少将は某基地副政治委員となるなどしている。
中国評論新聞「八一前軍隊人事大調整:高級將領提拔不拘一格」
軍人さんの名前が面白い。
7月24日に胡錦濤が参加し行われた会議を伝える記事は下記。
- 新華網「胡錦濤:走出中國特色軍民融合式發展路子」
中国論評新聞の記事は、民間からの有能な人材を積極的に取り入れることにスポットを当てていますが、ざっと胡錦濤の発言を眺めた感想は、軍民融合を口実に民営化できる部分を民営化し市場原理に委ね、技術革新(近代化)を促しつつ軍事組織そのもののスリム化(近代化)を図ろうとしているように思えます。
一連の報道を眺め、胡錦濤がしっかりと軍を掌握しているようにも見えますし、そうでないようにも見えます。どーなんすかね?両者が激しく鍔迫り合いを演じているということなのでしょうか。
最後に、8月1日の建軍節に合わせて発表された解放軍の機関紙『解放軍報』の社説から締めのテンプレを少し。
(前略)”激しく降る夜の雨が兵馬を洗い、真の情熱が金杯を固める”。使命は何よりも高く、責任は泰山より重い。我々は胡錦濤同志を総書記とする党中央の周りに緊密に団結し・・(後略)
解放軍報「解放軍報社論:熱烈慶祝建軍82周年」
締めのテンプレの前にある一文は、昨年の建軍節の社説にはなかった一文です。”雨降って地固まる”、”雨”とは何を指しているのでしょうかね。ともかく、軍内に”雨”が降っていることは間違いないようです。





