「私人と公人 その2@天皇陛下の靖国神社参拝」の続き。
この日の内閣委員会のクライマックス、天皇陛下が靖国参拝を停止したのは「公的私的議論を配慮してのことである」とする説で多く引用されている部分です。つまり、公的参拝は憲法に抵触するかもしれないという認識が政府にあるにも関わらず、どうしても公的行為としか思えない天皇陛下の靖国神社参拝を私的行為と言うのは無理があるのではないかという議論の部分です。
国会会議録検索システム「昭和50年11月20日参議院内閣委員会」
- 矢田部理(参議院議員)
- 先ほどから天皇の靖国参拝は私的行為だと説明をされておりますが、どうしても納得できないわけであります。その前提として幾つかの問題点を伺いたいと思うのでありますが、天皇が公式に靖国神社を参拝すれば、まず憲法に抵触するというお考えに立つのかどうか、その点を第一点にお伺いしたいと思います。
- 政府委員(法制局長官吉國一郎)
- これは御承知のように、憲法第二十条第三項に「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」という規定がございますが、この宗教的活動は何であるかということについては学者間にもいろいろ議論があるところでございます。非常に広い説を唱える人もあれば、全く布教活動等のような限定的な解釈をする人もございまするけれども、またその中間において、宗教的な施設、神社であろうと寺院であろうと、そういうものに単に表敬をするということについてはこの宗教的活動にならないという説もございますし、また単に表敬をすることは、ならないという議論、つまり、そこで宗教的な儀式を伴って表敬をする、神道の場合でございまするならば神官が出てきておはらいをして、奏楽をして玉ぐしを奉賛する。また寺院であれば、この場合でも仏教の寺院であれば奏楽がございましょう、読経もございましょう、香をたき、あるいは線香を燃やすということもございましょう。そういうような宗教的儀式を伴わない限りは宗教的活動にならないという議論をする学者もございます。ただ、政府といたしましては、その点については、これはまさに国民感情からして割り切って考えなければならない問題でございますので、従来はあくまで私人としての立場でお参りをするということで貫いておるわけでございます。
- 矢田部理
- 私が伺っているのは、時間がないから端的に答えてください。
天皇が公式行事として靖国神社を参拝すれば憲法二十条の第三項に抵触することになると考えているのか。イエスかノーかだけ答えてください。- 政府委員
- 先ほど申し上げましたように、第二十条第三項に直ちに違反するというところまでは徹底して考えることはできないと思います。ただ、第二十条第三項の重大な問題になるという考え方でございます。
- 矢田部理
- したがって、私的行為と強弁をせざるを得ない状況に置かれているわけでありますが、私どもは、先ほどからの説明で、どうしても私的行為と思われない節に幾つかの理由があります。吉國長官の話によれば、事前に公にすれば、世上で明らかにすれば区別ができるんだという議論も第一におかしい。加えて、たとえば宮沢さんの憲法によっても、随行者がだれであるかも重要な問題である、宮内庁長官や侍従長あるいは政府職員がこれに随行するようなやつは私的行為とは言えないんじゃないかという問題点も出されています。さらに、費用の使い方も問題だ。私的行為であるとするならば、純粋に天皇の個人資産から支出をすべきなんです。それを公の費用で賄うということもおかしい等々の点で、どうしても私的行為だという強弁には承服しがたいわけでありますが、もう一つ私が伺いたいのは、私的行為の場合にも、重大な制約、限界が天皇の場合にはあり得るのではないか。これは先ほどから議論が出ました。一つは、象徴天皇制からくる制約でありますし、とりわけ宗教と国家との分離という先ほどの規定から見ても、そこからくる制約もあり得るだろうと思うわけでありますけれども、法制局長官にお尋ねをしたいのは、象徴天皇制という憲法上の地位から見て、非常に政治的な対立点になっている問題あるいは社会的に鋭く対立している課題等について天皇がかかわること、これはどんな場合でも避けねばならぬというふうに私どもは考えているわけです。憲私上保障されているいろんな人権がありますけれども、学問の自由だとか良心の自由だとか、そういう内心的な自由は憲法上天皇も保障されているというふうに考えて差し支えないと思いますが、表現の自由ということになってきた場合、これは一つの限界が出てくる。その限界の一つとして、天皇がまあ趣味のお話をされるとか、あるいはスポーツを見に行かれるとかということは、それ自体は問題になりませんけれども、その表現の自由の中でも、いま私が申し上げたように、重要な政治的な対立点になっているような場所に出かけていく、このことはやっぱり憲法上の制約があるというふうに考えられるわけですが、その点どうお考えになっているか。 それから、重要な政治的対立点になっていることは、先ほど同僚の議員からも明らかにされておりますし、いま問題にされようとしている表敬法案についても、天皇の靖国参拝が軸となって推進が図られているという状況から見ても、そのことはきわめて明らかでありますので、その点についての見解を伺いたい。
- 政府委員
- 日本国憲法で基本的人権を保障しておりますのは、国民ということになっておりますが、この国民という中には、基本的人権の規定の性質からいたしまして天皇あるいは皇后その他の皇族も含まれておるということは多数の学説であろうと思いますが、ただ、天皇はもちろん象徴としての地位を持っておられますし、皇后は天皇の配偶であるという地位、またその他の皇族も象徴たる天皇に連なる家族であるという地位を持っておられます関係からいって、基本的人権の享有についておのずからそこに制限があることは、いま矢田部委員の言われるとおりであろうと思います。たとえば、表現の自由あるいは言論の自由についても、そこに当然、天皇に限って申し上げるならば、天皇が日本国の象徴であり日本国民統合の象徴である地位を持っておられるということ、また憲法第四条の国事に関する行為のみを行って国政に関する権能を有しないという規定の趣旨からいって、天皇の表現なり言論というものについては、当然制約があることはおっしゃるとおりでございます。また、重大な政治的な論争のポイントになっているような事項について、それが是であるか非であるかということを明らかにするような行為をされるべきではないという点もそのとおりであろうと思います。
- 矢田部理
- 一般論はわかりましたけれども、靖国問題が重要な政治的論争点になっている。一部の勢力は、靖国問題を天皇の靖国神社参拝を軸にして考えておられる、そういう場所に出向いていくことが、いまの一般論から見て、当然おかしい、問題が出るというふうに思いませんか。これは総理府総務長官と宮内庁からお答え願いたい。
- 植木光教総務長官
- ただいまの件につきましては、先ほど野田委員にお答えをいたしましたとおりでございまして、靖国神社の国家護持法案あるいはその後表敬法案というような問題が出て、これが一つの政治的問題になっているということは十分私も承知いたしております。しかしながら、今回の御行為は私的御行為でございまして、これを政争の渦中に巻き込むとか、あるいは政治的に利用するということがあっては絶対にならないという立場で、私どもはこの御行為そのものを純粋な私的なものとして見ているのでございまして、したがって、天皇の自発的な御意思というものは尊重すべきであり、また天皇御自身も、政治的な渦中に入られるというようなことは毛頭考えておられない、むしろそういうようなことはきわめて御迷惑であろうと存ずるのでございまして、したがって、先ほど来申し上げておりますように、政治的な利用があってはならないということを明確に申し上げておきたいと存じます。
- 政府委員(宮内庁次長富田朝彦)
- 先ほど来私も申し上げておりますように、多くの戦没された方々への陛下の気持ちをあらわされたいというその御意思に基づく私的な行為でございます。そういうことに関連しての諸問題につきましては、ただいま総務長官がお述べになられましたように、そういう政治の渦中に巻き込まれるということは絶対ないという配慮のもとにまいりたいと、かように考えております。
- 秦豊(参議院議員)
- 吉國長官も、それから富田次長にも申し上げたいし、総務長官もですけれども、私たちきょう三人の同僚議員と質問をしましたけれども、あなた方が述べられたこの二時間近い答弁は、非常に客観的でない、非常に独断的であるときめつけざるを得ない。したがって何ら説得力を持っていない。非常に法律的でない。ことごとく強弁です。無理です。したがって、わが党の割り当て時間がもうすでに来ておりますので、他の野党の皆さんに失礼だからこれでやめますけれども、たとえばあの安保における事前協議のとめどない拡大解釈とは次元が違うにしても、法制局らしいやり方はまさにこれにも適合する。私たちは、私的行為、公的行為、次々に慣例を新しく積み上げようとするあなた方のありようについては、今後とも追及をやめないことは当然にしても、たとえば答弁書、質問主意書、さまざまな形式を駆使してこの問題の解明に当たらねばならない、こういう気持ちであるということを最後に申し上げて、一応わが党の質問は終わることにいたします。
所感
この日以外にも同様のやり取りがあったであろうし、当時のマスコミがどのような論調で世論がどのような雰囲気だったのが知りませんが、このやり取りの翌日の参拝以降天皇陛下の参拝が行われていないというところから、やはり、この日やり取りされたような事情に配慮して停止しているという説の方が説得力があるように思います。何よりも途中で質問している議員自身が、このやり取りの目的を「天皇の参拝阻止」と言っています。
ちなみにこの委員会で詰問しているのは、社会党です。あー、そういえば社会党の流れを汲む社民党が非武装宣言しましたね。ちゃんと新華社がとり上げています(日本社民党宣言草案認為自衛隊違憲)。
おまけ
この日の社会党の追及の中で、天皇の靖国神社参拝が靖国法案・表敬法案成立への後押しになり政治に影響を与えてしまうことになるので控えるべきであるというやり取りがあります。この論理展開、最近どこかで見たことある。先日の朝日新聞の皇室典範に関する社説が、まさにそうですね。
皇位継承のあり方をめぐり、天皇陛下のいとこにあたる寛仁(ともひと)さまの発言が相次いでいる。
昨年、会長を務める福祉団体の機関誌に随筆を寄稿したのに続き、月刊誌「文芸春秋」などでインタビューに応じた。さらに産経新聞と、同社が発行する雑誌「正論」にインタビューが載った。
初代の神武天皇から連綿と男系が続いているからこそ皇統は貴重なのだ。戦後に皇籍を離れた元皇族を復帰させるなどして男系維持を図るべきだ。いずれもそうした趣旨の発言である。
小泉首相から皇位継承のあり方を諮問された有識者会議は、女性天皇やその子の女系天皇を認める報告書をまとめた。政府はこの報告書に沿って皇室典範の改正案を準備中だ。
寛仁さまの発言は、この報告書や首相の方針に異を唱えるものである。
だれを天皇とすべきか。皇位継承は天皇制の根幹にかかわる問題だ。国民の間で大いに論議しなければならない。
皇族にも様々な思いはあるだろう。自らにかかわることだけに当然だ。だが、それを外に向かって発言するとなると、どうか。改めて考える必要がある。
当事者である天皇や皇族がどう考えているのかを知りたいと思う人もいるだろう。自由に話をさせてあげたらいい、という人もいるにちがいない。
皇太子妃の雅子さまが体調を崩したときに、私たちは社説で、心のうちを率直に語ったらどうかと主張した。
しかし、今回の一連の寛仁さまの発言は、皇族として守るべき一線を超えているように思う。
寛仁さまはインタビューで「皇族は政治にタッチしないという大原則があります」と述べている。その大原則に反するのではないかと考えるからだ。
憲法上、天皇は国政にかかわれない。皇位継承資格を持つ皇族も同じだ。
寛仁さまは皇位継承については「政治を超えた問題だ」と述べている。歴史や伝統の問題ということだろう。
しかし、天皇制をどのようなかたちで続けるかは国の基本にかかわることで、政治とは切り離せない。まして、いまは政府が皇室典範の改正案を出そうとしている時期である。
たとえ寛仁さまにその意図がなくても発言が政治的に利用される恐れがある。それだけ皇族の影響力は大きいのだ。
天皇は日本国民統合の象徴だ。国民の意見が分かれている問題では、一方にくみする発言は控えた方がいい。これは皇族も同じである。
天皇陛下は記者会見でたびたび女性天皇や皇位継承について質問されたが、回答を控えてきた。皇太子さまも会見で質問されたが、やはり答えなかった。
おふたりとも、憲法上の立場を考えてのことにちがいない。
寛仁さまひとりが発言を続ければ、それが皇室の総意と誤解されかねない。そろそろ発言を控えてはいかがだろうか。
朝日新聞2日付社説「寛仁さま 発言はもう控えては」
天皇陛下や皇太子さまが回答を控えていることを肯定的に捉えて、自身の論説の補強に利用しておきながら、自身の論説を覆されるような寛仁さまの言論に対しては「黙れ!」と。自身の都合のよい部分だけをとり上げて、あえて政治問題化させて、言論封殺を行っているわけです。
言論機関であるのなら、論によって反論を行えばよいものを「黙れ」と門前払いとは・・・。






私自身は,皇族の靖国参拝はまったく問題無いという立場です.神道には詳しく無いのですが,天皇家は八百万の神々を統べる神の子孫であり,要するに神社の主に縁をもつ方で,そのような方の親拝は純粋な宗教的行事です.むしろ,それをどうこうケチをつける方が政教分離に反します.少し宗教っぽい論理が入りますが,伝統と宗教を完全に分離するのは不可能なのです.政教分離の題目を使って,伝統全てを破壊しようとしたのがこの論議だと感じます.
いや,正直,この議論をもっと広く知ってもらいたいものです.サヨクの欺瞞に満ちた暴論がいかなるものだったかのかと.こんな歴史ばっかだから左から離れていって,右傾化とか言われるんだよな〜.右傾化の原因はサヨクにあるって,いい加減に気がついて欲しいものです.
おっしゃるとおり、確かに非常に長いやり取りで正直読むのが苦痛でした。短いやり取りだと思っていたので、調べて1日中行われていたことにまず驚き、そして質問者の不遜な言葉遣いに2度驚きました。私は、それほど天皇陛下や皇室に対して深い思い入れがある方ではないと思っているのですが、それでもやはり質問者の言葉遣いが気になりました。
日本でいう政教分離が歪な形であるという認識は私も持っています。ただ、現行憲法下で、このような議論が国会で行われてしまっては天皇陛下や皇族方の参拝はやはり難しいとも思います。反対派が「政治問題にするな!」と言いながら政治問題にしてしまいますしね。
憲法改正議論で9条にスポットが当たっていますが、自民党案では20条が首相や天皇陛下などが靖国神社に”公式”参拝できる形になっています。早く実現でき、法的にわだかまりなく参拝できる環境ができるといいなと思っています。天皇陛下が小泉さんみたいにポケットから小銭をチャリンは、さすがに出来ませんしね。
しかし、1977年の最高裁判決(津地鎮祭訴訟と思う)で「神道による儀式が他宗教への干渉にならない限り、問題ない」という憲法判断がすでに出ています。
憲法20条第2項には「何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない」となっており、「国およびその機関」が宗教行事に関係することを前提とし、宗教と関係すること全て禁止しているわけではなく、過度に宗教に関係する場合のみ禁止しているとする方が正しい。つまり、憲法の定める政教分離はかなり緩い。という主旨です。
靖国公式参拝が違憲なら8月15日の戦没者追悼式(儒教形式で行われる)も違憲ということになります。
> 天皇陛下が靖国参拝されなくなったのは、主に政教分離の観点だったように思います。
今回、最後の参拝前日の国会でのやり取りを眺めたところ、私も同じ感想を持ちました。
戦没者追悼式は、儒教形式なのですね。知りませんでした。今回まとめたやり取りの中でも戦没者追悼式についても言及されています。この式典は、国が主催しているので国事行為に当たり政教分離には抵触しないという認識のようです。
政教分離の原則などどうでもよくて、とにかく靖国神社参拝を阻止するために、文句をつけられる箇所、すべてに文句を言っていると言った感じです。