ある中国人戦略家の国防観

2009年09月15日

10日付の『産経新聞』で石平氏が紹介していた8月26日に人民日報傘下の『環球時報』が掲載した、軍事戦略家の小論文をば。

彭光謙

冷戦終結後、中国がかつて長期間に渡り直面していた全面戦争の脅威は明らかに下がり、外部勢力の武力侵入による存亡の憂いは、中国の差し迫った問題ではすでになくなっている。しかし、国家発展の利益が制約され脅威に晒されていることは、不断に上昇し続けている。総じて一部の敵対勢力は中国の安定、繁栄と強大とを見たくないと思っており、中国の生存権を奪い取る力がない状況において、日々中国の発展権を削ぎ弱める方向へと重点を移している。

この一部の敵対勢力は、できるだけ中国の戦略的空間を圧縮しようとし、また明に暗に”台湾独立”、”チベット独立”、”ウイグル独立”などの分裂勢力を支持黙認し、中国が国家主権を維持し領土保全するコストを増加させている。同時に、経済と技術的優勢とを利用し、中国の正常な経済、金融秩序を撹乱し、中国の発展の歩みを遅らせようとしている。中国の対外連係の交通の中枢と航路のポイントとを制御し、中国の発展の生命線などを制圧している。これらは、全面戦争のような国家存亡の問題とはならないが、中国の発展の状況と将来に直接関係している。このような対立は、常に刀光剣影な軍事衝突に変化する可能性があるが、強度と規模はまちまちである。

発展問題と生存問題には、はっきりとした境界線がなく、発展がなければ生存もできない。国家が長期にわたり発展することができなければ、国力は日々衰え続け、最後には必然的に滅亡へと向かう。戦争の血生臭い殺戮と比べると、これは一種の緩やかな殺戮であり、巧妙な謀殺という者もいる。このような安全の脅威には、更に大きな隠密性、欺瞞性と危険性を有しており、処理するのは更に難しく、より手を焼くこととなる。生死存亡の脅威に直面すれば、比較的簡単に軍心や民心を一気にまとめ動員し集結できる。発展の利益が脅威に晒されている場合は、これとは異なり、この脅威の深刻性は人によって異なり、様々な利益が複雑に交錯し、様々な対立がそれぞれにつきまとい、処理することがより難しくなるのだ。これらの日々突出している複雑な対立に対応し、また可能な限り戦略の全局面を安定させねばならず、うまく対応しなければ、政治的リスクはより大きくなる。

国家安全の戦略的重心は、生存の利益を保護することから発展の利益を保護することへと変化しており、安全の脅威の新たな形態、新たな特徴に直面しており、危機を意識した安全、乱を意識した治を我々はよりはっきりと意識しなければならない。特に重視すべきは、まず、中国自身の事情をよく把握しなければならなことだい。これは前提であり、発展の脅威は外からと言われているが、この種の脅威への対応の要は、自身の免疫力にある。このような意義から言えば、中国の安全問題の重点は、外ではなく内にあるのだ。ソ連、東欧の一部の政府は皆、他者によって壊されたのではなく、全て自身の手で崩壊させたのだ。我々は、国家の発展の過程の中で現われた問題や対立、例えば再分配の不平等問題、官吏の腐敗問題、エネルギー不足問題、環境汚染問題、国有企業改革と金融改革問題などなどを適切に処理し、終始政治の清明性、経済の健全性、社会的和諧、民族団結という状況を保ちさえすれば、如何なる外部勢力による妨害や牽制を心配することはないのだ。

次に必要なのは、実力による平和、実力によって発展を保障することである。国家発展の環境が破壊されないことを保障するには、戦争に勝利する実力がなければ、これを確保することなどできない。戦争を抑止する、戦争を予防するということは空論ではなく、主観的な願望でもなく、強靭な実力の背後にあるのであって、これは戦争に勝利する以上のものが要求されるのだ。現在の世界において、強権政治は歴史の舞台に退出したわけではなく、我々は天真爛漫に過ごすことはできないのだ。できることは、実力による平和、実力による発展の保持、戦いを避けるための戦いの準備、団結するための闘争だけだ。更に相応した近代的で合理的で必要な国防力の建設は、一刻の猶予もないのだ。平和を思えばこそ、更に国防建設を強化しなければならず、四の五の言ってられないのだ。十分な実力を有することだけが、様々な非平和的因子の妨害を効果的に取り除き、中国の平和的発展を実現できるのである。

再度、中華民族の主体イデオロギー、危機意識と弛まぬ努力する精神の強化を高度に重視しなければならない。生存の利益が脅威を受けている状況においては、警戒し続け、民族の求心力を強くし、一致団結し敵愾心もって”我々の血肉で新たな長城を築く”こととは簡単だ。生存の危機が緩和し、新たな環境の下では、一位とは容易に思想の武装を解いてしまう。西側文化の東侵に従い、金が主となり、物欲が横行し、人々が心を失い、革新的価値観に変調をきたしやすくなり、容易に物資的享楽に夢中になり心を奪われている。”戦争は遠くなった”という一方的な思い込みは、非常に危険なものである。ひとつの民族で、一旦思想において”戦争から離れる”と、戦争の亡霊の死の接吻は近づいてくる。これは歴史が何度も証明している血の教訓である。

(筆者は著名な軍事戦略の専門家)

新浪網「彭光謙:敵対勢力利用柔性手段威脅中国安全(環球時報)

友愛があれば大丈夫だ(棒

冗談はともかく、東シナ海や南シナ海での衝突、インド、そしてミャンマー国境地帯での衝突、更にはソマリア沖へに艦艇派遣などと、すでに中国の発展権確保のための軍事的な戦いを行っていますね。

石平氏は、「実力を背景とした平和」、力による強奪を是とする姿勢に焦点を当てて、このような異様な隣国の存在は日本にとって脅威であると述べておられます。かつて大幅な軍事力削減を掲げていた政党、そして「友愛」を掲げている人物がトップに就くのですから、氏の憂慮は尤もなのですが、上記の論文は、軍事力の更なる強化というよりも、国内の一致団結をより呼びかけているように読めます。それだけ国内が危機的状況であると。

また、グルーバル化によってもたらされた弊害である、国際協調という名の制御へのストレスも、国内の経済事情の悪化と共に高まりつつある様子が伺えます。

上記の記事は、新波網が転載したものから紹介したのですが、併設されている掲示板には800以上のコメントが寄せられており、そのほとんどが支持するものです。

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posted by タソガレ at 23:38 | Comment(1) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
おしゃぶりをくわえ、おむつをしたポッポちゃんが、今日から歩き始めます。
行く手に寝そべっているのは、ピストルをもてあそびながtら、タバコのの煙を盛大に噴き上げる、ひげもじゃの不潔な大男です。

ポッポちゃんの夢は、この男と所帯を持って、東アジア共同体というボロアパートで楽しく暮らすことです。

はたして二人は幸せに暮らすことができるでしょうか。
それとも・・・
Posted by 山口二郎 at 2009年09月16日 08:48
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