習金平は中二病か? その2

2010年11月04日

習金平は中二病か? その1」の続き。

偉大な抗米援朝戦争は、中国共産党と人民軍隊の革命精神を大いに発揚し発展させた。抗米援朝戦争は賞賛し涙する凱歌を奏でただけでなく、偉大な抗米援精神精神を生み出し、これは、祖国と人民とが利益よりも祖国と民族の尊厳の為に身を顧みることのない愛国主義精神であり、英雄頑強、死を恐れず命を捨てる革命英雄主義精神であり、苦難を恐れず常に高い士気を保ち続ける革命楽観主義精神であり、祖国と人民に与えられた使命をやり遂げるために、自らの全てを投げ出す革命忠誠精神であり、そして人類の平和と正義の事業の為に奮闘する国際主義精神でもある。偉大な抗米援朝精神は、中国共産党と人民軍隊の崇高な風格を生き生きと写し出したもので、中華民族伝統の美徳と民族の品格を集中し示したものであり、愛国主義を核心とする民族精神が具現化したものでもある。このような精神は永遠に中国人民の貴重な財産である。

偉大な抗米援朝戦争は、全国各民族人民が共に奏でた荘厳で美しい凱歌である。中国人民志願軍は朝鮮の前線に勝ち取った偉大な勝利は、全国各民族人民の大きな支持と不可分である。当時、全国のそれぞれの戦線と広大な人民は積極的に党と政府の呼びかけに応じ、壮大な規模で凄まじい抗米援朝運動を展開し、前線を支援し、戦争を支援した。全国の都市農村にいたるまで、両親が子女を、妻子が夫を見送り、兄弟が争って入隊するという感動のシーンが見られた。数千人にのぼる鉄道職員、タクシーの運転手や出稼ぎ農民が次々と朝鮮の前線に赴き、戦地への輸送と勤務工作を担当し、医療関係者は多くの医療服務隊を組織し中朝軍隊の為に服務し、全国規模の慰問志願軍運動、武器寄付運動、特待志願軍烈士軍属運動が極めて大きく前線の将兵の士気を鼓舞した。まさに全国各民族人民の大きな援助が、敵愾心を形成し、あらゆる困難と強大な敵の無尽蔵の物量に打ち勝ち、抗米援朝戦争の勝利を獲得したのだ。これは毛沢東同志の掲げた永久に論破されることのない真理、”戦争の巨大な力の最も根源的なものは、民衆の中に存在する”を再び証明したのだ。

偉大な抗米援朝戦争は、過酷な戦争の洗礼を経て人民軍隊は更に鍛えられた。抗米援朝戦争の中で平和の為に戦い、正義の為に闘った志願軍全兵士は、戦争の中で戦争を学び、血と炎の洗礼の中で、装備を急速に改善し、技術レベルを高め、我が軍の単一兵種作戦から近代的な諸軍兵種による連合作戦へと脱皮させ、劣勢な装備で近代戦争で打ち勝つという一連の新たな経験、新戦術、新戦法を生み出した。同時に、戦争の中で近代戦争に適応した軍事人材の必要性を育み、我が国の軍事思想と軍事科学技術の近代化へと邁進することを促し、我が軍を新たな発展の段階へと進めたのだ。全国各民族人民は、このような党の絶対的指導の下の共に歩む英雄軍隊を擁していたことに、比類なき栄誉と誇りとを感じていたのだ!

偉大な抗米援朝戦争は、世界平和と人類の進歩的事業の為に巨大な貢献を行った。抗米援朝戦争の勝利は、朝鮮民主主義人民共和国と生まれたばかりの中華人民共和国の安全を守り、第二次大戦後のアジア、そして世界の政治構造に深刻な影響と変化とを与えた。この勝利は、中華民族が強暴を恐れず、世界平和を維持するという確固たる決心と強固なパワーを大いに体現したもので、我が国の国際的地位を極めて大きく高め、全世界の抑圧されている民族と人民の民族独立と人民解放を勝ち取るという正義を極めて大きく鼓舞し、世界平和と人類の進歩を極めて大きく推進させたのだ。

同志たち!

今日、我々は中国人民志願軍抗米援朝出国作戦60周年を記念し、対抗を続けるのではなく、発展的思考を以って、長期的視野で歴史をじっくりと見つめ、現実を観察し、未来を思考し、歴史的経験を更に汲み取り、現実と長期的な教訓とを獲得しなければならない。

抗米援朝戦争の勝利を記念し、世界平和と人類の進歩を守るために奮闘しなければならない。抗米援朝戦争の砲煙が消え去って50年余り、あの悲惨な戦争は人々の与えた痛ましい傷と記憶とは、時間が経とうとも決して消え去ることはない。現在の世界情勢の深刻で複雑な変化に適応し、平和安定的な国際環境、善隣友好の周辺環境、平等互恵の経済貿易環境、相互信頼協力の安全保障環境を更に築くことは、中国の平和発展を実現させるのに必然的要求であり、末永い平和、共に繁栄する和諧世界の建設推進においても必然の道なのである。朝鮮半島と中国の山河は相連なっており、朝鮮半島と北東アジア地域の平和と安定を守ることは、世界の平和と安定の大局に関係している。中国はこの問題における基本的立場と政策的主張は一貫しており、朝鮮半島の平和安定を守ることに尽力し、対話と談判などの外交手段を通じて相違を解決し、朝鮮半島問題の最終的で徹底的な解決を実現するというものだ。

抗米援朝戦争勝利を記念し、抗米援朝精神を大いに発揚し、中国の特色ある社会主義の平和発展を堅持するための強力な精神的動力を提供しなければならない。抗米援朝戦争は、新中国の凝集力と戦闘力に対する厳しい試練であった。偉大な抗米援朝精神は、全国各民族人民の敵に対する共通の敵愾心であり、敵を制止勝利した強大な精神的パワーであった。今日、我々は偉大な抗米援朝精神を大いに発揚し、民族主義を核心とする愛国主義と時代の精神と結合することを核心とした改革刷新とを発揚し、全党全国各民族人民は強固に新たな情勢の下に団結奮闘する共通の思想を基礎とし、最大限全民族のパワーを凝集させ、皆が心をひとつに全面的な小康社会建設という新たな勝利を奪取するために、中国の特色ある社会主義の発展を堅持し、たゆまぬ奮闘せなばならない。

抗米援朝戦争の勝利を記念し、強大な国防と軍隊とを引き続き建設し強固なものとし、我が国の安全と世界平和を守るために新たな貢献をしなければならない。中国は一貫して防御性の国防政策を遂行し、我々は国防と軍隊の近代化建設を推進し、覇を称えず、他人を害することなく、他人を威嚇することなく、軍拡競争を高めることなく、国家主権、安全と領土保全とを守り、同時に世界平和に貢献する力を維持するのだ。我々はたゆむことなく我が軍の革命化、近代化、正規化の建設を前進させねばならない。我が軍の栄光の伝統を大いに発揚し、現代の革命軍人の核心的価値観を大いに育成し、軍幹部戦士の英知と力を中国の特色ある軍事変革に凝集させ、我が軍の近代化の飛躍的発展の実現に凝集させ、多様化する軍事任務能力の完成を核心とする情報化局地戦に打ち勝つことに凝集させ、より良い新世紀の新たな段階の我が軍の歴史的使命を履行しなければならない。

同志たちよ!

抗米援朝戦争終結から50数年、中国共産党の強固な指導の下、我が国は新民主主義革命から社会主義革命、そして歴史的転換の建設、高度集中計画経済体制から活力に満ちた社会主義市場経済体制へ、閉鎖、半閉鎖から全方位開放という歴史的な転換、総合的国力の大幅な上昇、人民の生活を明らかな改善、国際的地位の著しい上昇を次々と実現させ、中華民族は世界の民族の中で毅然と高く聳え立つようになった。全党全軍全国各民族人民でこれを光栄と誇りに感じない者は誰もなく、中国の特色ある社会主義の道の上に中華民族の偉大な復興と満ち足りた必勝の誇りの実現があるのだ。

胡錦濤同志を総書記とする党中央の周りに我々は更に緊密に団結し、中国の特色ある社会主義の偉大な旗幟を高く掲げ、ケ小平理論と”三つの代表”を指導とし、科学的発展観を深く徹底的に実行し、党の第17期代表大会と第17期一中、二中、三中、四中、五中全会の精神を全面的に貫徹し、常に着実に、有為を奮発し、心をひとつにし”12期5カ年計画”のよりよくより早い発展を推進させ、全面的小康社会建設の為に、中華民族の偉大な復興の実現の為に頑強に奮闘し、堅実に奮闘し、たゆまず奮闘するのだ!

新華網「習近平:在紀念中國人民志願軍抗美援朝出國作戰60周年座談會上的講話

ジーク・ジオン!ジーク・ジオン!

まぁ、あれだ。西向いて、チベットの方を眺めれば真逆の風景が見えてきますな。

核開発、拉致問題で中国の協力が得られるとする淡い期待は、これで雲散。中国内の「北朝鮮は厄介者」という声も雲散。

メキシコでの失言も痛かったけど習金平を糞青と形容するのはもう少し言動を眺めてから。小李鵬がいいかね。

以下、頭の中にある漠然とした映像、(多分に)妄想などを箇条書き

保守派(左派)中華民族万歳、攘夷
毛沢東≒親北朝鮮≒軍強硬派≒ケ小平→李鵬・江沢民・曽慶紅→太子党→習金平?
対保守派(右派)国際協調
周恩来・劉少奇≒ケ小平≒軍現実派→胡錦濤・温家宝?

親北朝鮮側が反改革開放的色彩が強いために北朝鮮でいつまで経っても改革開放が実行されない。または北朝鮮側(軍)が自身を真の中共の後継であると位置づけ自負している(小中華思想)。そのため両者の親睦性が高い。

軍強硬派支持層
建国直後の清廉な党、毛沢東を時代を偲ぶ懐古主義、理想主義、中二病的な子弟(太子党)
貧農、内陸部出身者(改革開放で勝者になれなかった地域や者)

習金平は二極分化した二極から支持されているのか。

習金平が中二なのか、支持層が中二なのか。

改革開放によって格差が進み「今こそ共産主義革命を!」という冗談が実現しつつあるということなのか。

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posted by タソガレ at 23:44 | Comment(3) | TrackBack(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
調整型で頭が切れあちこちへ気遣いの人だというから、
上海閥からも胡きんとうからも受け入れられたのでしょうか?
いずれにせよ第五世代は、隠れ親日の現主席とは
一味違ってきそうです。
Posted by 鬼子孫 at 2010年11月08日 23:09
> 調整型で頭が切れあちこちへ気遣いの人だというから、
> 上海閥からも胡きんとうからも受け入れられたのでしょうか?

というのをよく見ますが、実際はどうなのでしょうね。
メキシコでの発言を見た限りでは「切れ者」、「気遣いの人」というイメージとは違うような。
言動を深く追いかけたりしたわけではないので超上っ面のイメージにすぎませんが。

「彼なら軍部を操れるだろう」と言われてトップになった人が、かつて某国にいたような。
Posted by タソガレ at 2010年11月10日 23:11
2極以外に、新華僑の存在を考えるべきです。
現代中国の産業発展は半分以上、海帰組の力。
その上の幹部は新華僑が多い。
江沢民と習近平の共通点に派閥的人間関係を探しても見つからない。新華僑が江沢民の代わりに中央へ送り込んだのが習近平、と考えるとすっきりします。
2,008年秋、台湾との交流加速と同期して、
胡錦涛が外交の場から姿を消した。
外部華人の大陸の政治への影響力が増したためだと
考えています。
Posted by at 2010年12月08日 23:37
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